論文「根尖病変を有する歯への生態学的根管治療後の長期経過観察症例」
引用は歯内療法学会雑誌 第32巻 第1号 平成23年1月p47-p51です。
作者は佐藤先生(秋田県開業)です。
本論文は緒言、症例経過、考察、結論の4つから構成されている。
緒言では、大谷先生が提唱する**「生態学的根管治療」**について述べられており、その要点は以下の3つである。
- 機械的に根管内の感染因子を徹底的に除去する(薬剤を使用せずに清掃を行う)
- 薬剤の使用を最小限に抑え、生体の治癒力を活用する(自然治癒力を最大限に引き出す)
- 根管を3次元的に緊密に充填し、細菌の侵入を防ぐ(再感染を防ぐための封鎖)
この基本概念に基づき治療を行い、14年間にわたり良好な経過を得ることができた症例について報告されている。
症例経過では、25歳女性の上顎中切歯に根尖病変を認めた症例が紹介されている。
- 患者:25歳 女性
- 初診日:平成7年11月
- 主訴:上顎左・右側中切歯部の根尖部の圧痛
- 現病歴:13年前に隣接面う蝕のため、コンポジットレジン充填を受けたが、約1年前に脱離し放置。最近になり根尖部に圧痛を感じ受診。
- 診断名:上顎左・右側中切歯の慢性根尖性歯周炎
治療方針として、非外科的歯内療法(根管治療)を実施し、生態学的根管治療を適用。術後はX線写真で根尖透過像の縮小や消失を確認しながら継続的に経過観察を行う。
治療経過
根管治療1回目(根管清掃)
- ラバーダム防湿を施し、無菌的な環境で処置
- 根管口部から中央部までを慎重に拡大(ダイヤモンドバー使用)
- 根尖部の処理
- 根尖狭窄部を超えないよう手用ファイルで滑沢に拡大
- 左上1番:70号、右上1番:60号まで根管形成
- 薬剤を一切使用せず、洗浄は滅菌精製水のみ
- 次亜塩素酸ナトリウム・EDTA・ホルマリン系消毒剤は不使用
- 超音波洗浄(SONICflex)を活用し、Uファイルで機械的洗浄
- 仮封
- 無貼薬でペーパーポイント乾燥後、水硬性セメント(avit-G)で仮封
根管治療2回目(根管充填)
- 症状なし、排膿・出血なし
- 熱可塑性GPシーラーを使用し、緊密な根管充填
- ダウンパック法で根尖部を封鎖
- バックフィリング法で3次元的に充填
- 補綴処置
- ポストコア装着後、前装鋳造冠で修復
- 術後X線写真で根管充填の状態を確認
経過観察(14年間)
6か月後:根尖透過像の縮小を確認
4年後:根尖周囲組織の病変がさらに縮小、充填材の一部吸収を確認
10年後:透過像消失、骨梁が明瞭に確認される
14年後:溢出した根管充填材はさらに吸収し、根尖周囲の健康な状態を維持
考察
根尖病変の治癒には、根管内の細菌・感染象牙質などの徹底除去が最も重要である。
そのためには、以下のポイントが鍵となる。
- 適切な根管拡大
- 歯種ごとの根尖部根管径を考慮し、適切な号数で拡大
- 上顎中切歯の推奨拡大号数は60〜90号とされる
- 本症例では、左上1番(70号)、右上1番(60号)で形成
- 生体にやさしい治療
- 根管消毒剤の刺激を避けるため、薬剤を使用しない方が望ましい
- 機械的清掃と滅菌精製水の使用により、生体の治癒力を最大限に活かすことができた
- 緊密な根管充填
- 熱可塑性ガッタパーチャを用いたオブチュレーションシステムを採用
- 根管シーラー(GPシーラー)は封鎖性が高く、組織刺激性も低い
- 根管外に溢出した充填材も、病変の縮小に伴い自然に吸収された
これらの要素が組み合わさることで、根尖病変を持つ歯を長期的に保存することが可能となったと考えられる。
結論
生態学的根管治療を適用することで、長期にわたり良好な予後を得ることができた。
- 治療中、薬剤(消毒剤・清掃剤)を一切使用せず、機械的根管清掃のみで感染因子を除去
- 滅菌精製水を用いた洗浄と、熱可塑性根管充填を組み合わせることで、歯を保存することが可能
- 14年間の経過観察で、再発なく良好な治癒を維持した
この結果から、薬剤を使わずとも、適切な根管処置を行えば根尖病変の治癒は十分に可能であることが示唆される。
感想 Ricucci先生のシステマティックレビューにもありますが、根管洗浄に対する見解で、溶液の濃度はさまざまで結論が出ていない。ただわかっていることは大量の溶液で消毒することが重要である。ということでした。本ケースも同じことが言えるのではということです。
ただ、このような見解はこのケースにおける形成のうまさに他ならないと思う。化学的な洗浄より物理的な排除の方が細菌感染にとって有益であ。しかしながら、物理的な排除を完全にすることが非常に難しい。それゆえ、化学的洗浄に頼るのである。素晴らしい治療ですが、難しいケースで、同じようにチャレンジするのは勇気が必要です。
